イスラム教では豚肉を食べない理由

 コーラン 第2章173節

 「かれがあなたに(食べることを)禁じられるものは、死肉、血、およびアッラー以外にそなえられたものである」

 

イスラム教徒が豚肉を食べないことは有名なはなしです。ヒンドゥー教徒は牛肉を食べませんが、それは牛を神聖なものと見ているからです。

 

対してイスラム教徒は豚を不潔・不浄なものと見ています。しかし、イスラム教が誕生し長い時間が経過し、豚肉を食べない本当の理由を知ることはできません

 

ここでは、憶測される数々の理由について紹介します。

 

豚の伝染病が流行っていた

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豚は雑食性のため、病気の危険性は現在でもあります。

もしかすると、昔は食しており、食中毒や伝染病が蔓延し、豚肉を恐れ忌み嫌うようになったという説です。

 

このような理由からコーランに追記したのかもしれません。

 

豚を生で食べる習慣があった?

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食文化の違いから考えられた理由です。

ご存知の通り豚肉は、寄生虫などに感染しやすく、現代で生豚肉を食すことは先ずないでしょう。

 

生で食していたかは伺い知れないですが、調理が不十分であった可能性は容易に想像がつきます

 

これにより死人が増え豚肉を禁ずるという流れになったのかも知れません。

 

豚を食べると不浄になる

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イスラム教の学者や信者が最も信じている理由です。

権威あるイスラム教の学者の言葉です。

 

「豚は、繁殖力が高く、さかんに交尾する。その豚を食べる人は不浄になり、色魔になってしまう。その理由に、欧米人に比べて我々ムスリムが理性的なのは豚を食べないからだ」

 

ちょっと、無理があるように感じますが、自らを正当化するためには理にかなった理由にひとつです。

 

ぜいたく禁止

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コーランの教えでは、寄付や断食があり、貧しい人たちへの配慮があります。

豚肉は柔らかく、美味しいものです。古代ローマでは貴族や富裕層に豚肉は、非常に人気があり、貴族の高級品として食されていました。

 

当然、貧しい人たちは、口にすることがなく、コーランの教えから禁じたとも言われています。

 

生存競争に勝つため

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実は、豚を食すことを禁じているのではなく、豚の生産を禁じているのだという考え方です。

豚は雑食性なので、人間が食べるものと同様のものも食します。その豚を好んで食すために、生産が進むと、エサが必要になってきます。

 

人間と同様のものを食べるのだから、貧しい人たちに回る食料が不足すると考えられました。

 

又、豚を飼育するには大量の水が必要となります。今も昔も水は貴重なもので人間の使用分が減ってしまう事を危惧したのかも知れません

 

すなわち、豚を生存競争相手として、人間が生存競争に勝つために、豚の生産を禁じたというものです。

ユダヤ教のなごり

ユダヤ教はイスラム教よりはるか昔に存在しており、このユダヤ教のなごりであると考えられています。

ユダヤ教の教え(レヴィ記)

11:2 イスラムの民に告げてこう言いなさい。地上のあらゆる動物のうちであたなたちの食べてよい生き物は、

11:3 ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうものである。

11:4,5,6 らくだ、岩たぬき、うさぎは汚れたものである。

11:7 豚(いのしし)はひづめが分かれ、完全に割れているが、全く反すうしないから、汚れたものである。

11:8 これらの動物の肉を食べてはならない。死骸に触れてはならない。これらは、汚れたものである。

 

理由は不明です。イスラム教よりはるかに古いユダヤ教、イスラム教の豚肉を食さない理由ですらままならないのに、知るすべがありません。このなごりであると考えられています。

 

民族の違いから

ユダヤ教、イスラム教は、狩猟民族出身者が多く、農耕民族との差別化をするようになり、農耕民族が飼っている豚を嫌うようになったという理由です。

 

これも無理があるように思います。果たしてそんな理由で豚を禁ずるまでいくでしょうか?しかし、狩猟民族は豚を飼育しないのには明確な理由があります。

 

狩猟民族は移動しながら、適地を見つけ生活しています。豚の飼育には森や大量の水、安住できる小屋が必要になり、水が貴重な砂漠等では、

 

豚を飼育する余裕なんてないのです。実際、モンゴルで飼われている家畜は馬、羊、ヤギ、ラクダ、牛で、豚はいません。

 

家畜としての価値

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家畜としての価値を考えてみよう。

豚以外の家畜には食肉という恩恵以外にも様々な恩恵をもたらしてくれる。例えば羊は毛皮を与えてくれる。鶏は卵を、馬やラクダは乗り物としての

 

移動手段や資材の運搬、牛やヤギはミルクを与えてくれる等、労働力としての一面があります。対して豚はどうでしょう?

 

食っちゃ寝を繰り返しブクブク太っていく見た目の悪さ、労働力としての価値の低さ、働かざる者食うべからず。では無いが印象は悪く捉えられそう。更に、繁殖力が高い。

 

禁欲主義のイスラム教徒からすると、食料をむさぼり食い、一年中交尾する。不浄、不潔の烙印を押されるには相応しい有様となっています。

 

実際この理由が一番ではないかとみる学者は非常に多いと言われています。。

 

現代においても牛や鶏と比べ、生で食す機会のない豚。牛は生で食したり、ステーキでは生焼け状態のレア、やミディアムで食したりする。

 

鶏はたたき(半生)で食すこともある。豚にいたっては、良く加熱するが食す条件にもなっているように思う。

 

現代でさえ寄生虫による食中毒や感染症がある中、昔は加熱調理技術も今ほど、ある訳なく、冷蔵庫もないので保存性も悪かったはずだ。

 

多くの人が苦しめられ、命を落とす事も多々あったであろうと容易に想像できる。豚肉を食すなと禁じるには有り余る理由と考えます。

 

又、不浄、不潔なイメージを定着さすに相応しい生活習慣と見た目。ストイックな生活を信条とするイスラム教徒からは、悪魔の生き物と映るほどであったかも知れません。

 

この2つの理由が指示する学者も多く有力であると考えられる。しかし、どれも一説としての領域をでない。あくまで憶測である。

 

どの理由もあったであろうと考察すると、豚の食用を禁じた指導者はなかなかの先見の明を持った者であったと推測できる。

 

近年ではどうなの?

近年では、クッキーや揚げ物等にも、豚の油が使われるなど、個人レベルで完全にシャットアウトするのは困難である。

 

こうした事情もあり、イスラム教に則った食べ物であることを審議し、認定する

※「ハラール」の認定機関も増えつつある。

ハラール認定機関で認可された食品は「ハラルフード」と呼ばれ、イスラム教の拡大とともに、世の中に出回っている。

 

※「ハラール」とはアラビア語で「合法の/許された」の意味だが、ハラルフード認定機関には世界的な統一基準がない為、国や機関によって審査内容に差があるという問題がある。

 

最後に

日本においては宗教離れが進む昨今、こういった宗教の力に対し理解力が低いように感じます。

悪い言い方をすると、冷めた目で見ていることがないでしょうか?

このような宗教思想の相違、文化、習慣の相違、これを学び理解することにより、人対人の友好関係に繋がるのでないでしょうか?

 

そして、その先には、国対国の友好関係、強いては世界平和へと繋がるのではないでしょうか?

 

何もせず傍観しているだけというのは、時として罪にもなります。積極的な相互理解が進み世界が平和になる事を切に願います。